関西現代俳句協会

2006年11月のエッセイ

「金子兜太先生と共に比叡山にて」 

           若森京子 

  天高く琵琶湖が白秋に輝く九月二十三・二十四日は恒例の「比叡山海程勉強会」であった。三年振りに新しく改装された宿坊延暦寺会館に、北海道から九州に至る海程人が六十五名集まり、鳥のさえずり、梵鐘のひびく初秋の清々しい空気の中で久し振りの再会を喜び合い、二日目は早朝の勤行にも参加し、愉しい中にも厳しい二日間であった。

 平成六年に世界文化遺産に登録されたせいか、青い眼の外国人の観光グループも多く、日本古来の伝統文化を興味深く観ておられた。

 夕食時に、今日は金子兜太先生の八十七才の誕生日であり、一遍上人と同じ日だと知り、全員で乾杯をしてお祝いをした。

 それにしても先生の若々しさにはいつも驚かされる。御自身特有の健康法を一日も欠かさず、又勉強も人一倍されている様で、記憶力のすばらしさ、的確な物の捉え方、ユーモア溢れる人を魅了する話術に呆然とする。二年前一〇三才で亡くなったお母様を詠んだ「夏の山国母いてわれを与太と云う」の少年与太の面影がまだあり、母似の餅肌はつやつやと少しも老醜が感じられない。三月に愛妻皆子様を亡くされたが、淋しいに違いないが、出来る限りの事をしたので悔いはないと云われた。

 私が第一次句会の司会をしていると、途中から先生が横に座られた。先生の手許の句稿一二八句には、三回読み返したと云われ、赤ペンで色々なマークがびっしり書いてあり、入選作、予選作、問題作、そして全員の作品をエネルギッシュに約一時間、いつものユーモアたっぷりに一気に講評された。そして最後の作者名を名乗る時には、一句一句書いておられ、作品と作者の照合をして頷いておられた。二日目の第二次句会も同じ事をされ、最後に、二日間全体の中から十句に対して賞(先生の本)が渡された。

 私は金子兜太と森光子の若さを目標に頑張ると話し別れ際「先生、転ばない様に気を付けて下さいね」と挨拶すると「僕は絶対大丈夫、あんたこそ気を付けてね」と反対に云われ苦笑した。

 二日間の二五六句中、兜太選に入った句を原稿用紙の許す限り書こうと思う。

  曼珠沙華土を怖がる子供ゐて            小宮豊和

  老僧の苦笑のような晩夏かな              森 美樹

  九月の車窓は発心のスクリーン          山下一夫

  鳥渡るずいぶんおしゃれな名刺かな   芹沢愛子

  晩餐の椅子拭ひけり穴まどい              日高 怜

  水引草に触れた時間が入り口です      宮崎斗士

  野分来て研がねばならぬ鎌ばかり     奥山和子

  葛の谷座して鳥待つ僧ひとり              遠藤秀子

  赤とんぼ皇子(みこ)の戻らぬ朱雀門  増田天志

  烏瓜の花壺にに満つ母の骨               原田 孟

  わが鼻梁尖る比叡のつるべ落し         岩佐光雄

  僧兵も混じるモノクロ映画かな            久保智恵

  僧三人自然薯といふ厄介なもの         若森京子

  肉陣を窺ふごとし露の玉                    柚木紀子

  秋風や映ればカミとなる鏡                  野崎憲子

  モアイかな立てて並べる夜干藁     稲葉千尋

  彼岸花尿意心頭に達したる             植村金次郎

  秋来るは遠いはずの船のよう              堀真知子

  鳰のうみまんだらにねる九月の蚊帳     田中怜子

  手枕に少しの狂気螻蛄鳴けり             黒岡洋子

  櫨の実やまっしぐらなりランナーなり   太田順子

  如意ケ嶽いっしんに掘る蝶の嘴(はし) 武田伸一

  退屈と書く芋虫の容(かたち)かな     小林寿美子

  一遍忌叡山に赤きこんにゃく             らふ亜沙弥

  最澄の山は飽きたか大蚯蚓      小山やす子

  風白し青に染まらん石の床        鈴木幸江

  初あらし花を摘み摘みほとけさま    遠山郁好

  友は胃を病む朝のまばたきヒヨドリバナ 野田信章

以上


(本文及び俳句の表現で、ふりがな表示が括弧書きになっているのは、インターネット・システムの制約のためです。ご了解ください・・・事務局)