2009年 5月のエッセイ 「山蛭」吉田成子私が今住んでいるのは奈良市の南のはずれ、丘陵地を造成して宅地にした地形で、周囲はところどころに丘陵の名残のような低い山地が残っている。昨年転居してきたばかりなのでまだ一年に満たないのだが、近隣は静かで、何よりも庭からの眺めがいいのが気に入っている。住居の裏庭が低い山地に接していて、高々と伸びた雑木が庭にはみ出すように広がっている。この茂りのお蔭で夏は涼しいし、落葉樹が多いから冬の日当たりも悪くない。晩秋の落葉掃除には悩まされたが、団栗が沢山庭に落たり、春は鶯がしきりに鳴いてくれるという有難い環境である。 引っ越してきたのは七月も終りの一番暑い季節だったが、暑さも終り秋に入って雨が続いたある日のことである。鉢植えに水をやるべく庭先にあったジョロを手にしたところ、10センチ余りの紡錘形、扁平で褐色、枯葉のような形をした奇妙なものが付いている。思わず悲鳴をあげてジョロを放り投げたが、その物体はくっついたままである。なめくじの親玉か? と思ったがなめくじにしてはあまりにも大きいし、よく見ると触覚が無い。細かい粒状模様の体には縦縞が入っていて、頭と尾の区別がつかない得体のしれないシロモノである。 火箸でなんとか始末をして、さてこの物体が何なのか、こういう生物に詳しい友人に聞くと、蛭の一種の山蛭ではないか? と教えてくれた。山間や林中の湿地にすみ、獣や人間に付着して血を吸うらしい。その吸血力は強力で血が滴るほど、ひどい時は履いている靴下なども血で染まるという。うっかり掴んでいたら……と思うとぞっとした。二、三日は庭へ降りるのも気持が悪く、大変なところへ来てしまった! の思いしきりで落ち着かない。ヘビはおろかミミズ、ナメクジの類も殊のほか弱いのだ。 ところがこの出来事を方々で話しているうちに、それは山蛭ではなく馬蛭ではないかという人がいる。百科辞典には山蛭は普通2センチくらい、大きくてもせいぜい3,4センチとある。一方馬蛭は体長10センチほど、水田や池などにすみ人畜の血は吸わず、ミミズを食べるらしい。私が見たのは間違いなく10センチはあったが、わが家の周辺には水田や池などはないので、馬蛭とも思えない。山蛭なら、わが庭に出ても不思議ではないし、図鑑の写真でもその形容は山蛭に似ている。しかも最近は山の環境が変化したせいか、全国で山蛭が異常発生しているそうだ。やはり山蛭だろうか? 結論が出ないまま間もなく雨の多い季節に入る。今度出たら写真ぐらいは撮っておこうと思っている。 以上 |